よもぎだんご

やったんだよね、むかしこのボクも、

ドロをこねてまんじゅうだとか、おはぎだとかバカなことをやってたな。おとしあなもしょっちゅう作(つく)ってあそんでたな、いまもそうだけど、エへへ。

えー、というところで、よもぎだんごの本。なんとじっさいの作(つく)り方(かた)まで書(か)いてある。よーく本を読(よ)んだというしょうこに、よもぎだんごを作(つく)って、それも感想(かんそう)文(ぶん)といっしょにおくってみてはどうだろう。作者(さくしゃ)のいえか、出版社(しゅっぱんしゃ)か、さもなければ、ジャーン、このボクのところへと、おくってくんなマシ。ゴクッ。 ただし、まえの方(ほう)を読(よ)んで、ドロのやつをおくってきたら、コノヤロウーレターをおくりつけます。楽(たの)しんで読(よ)んでみようよ。

 

1.ドロこねこね

やるやる。ボクも君(きみ)もやる。やる場所(ばしょ)がない、じゃあ、さがせばいい。都会(とかい)は自然(しぜん)がないなんていう人(ひと)は、よほどものを知(し)らない人(ひと)。心(こころ)と目(め)のまずしい人(ひと)だよね。

ドロをこねこね。気(き)もちもこねこね。君(きみ)たちこねてごらん。ずーっとこねるとどうなるか、水(みず)をときどきたしながらこねるとどうなるか。

ほんとにおいしそうなんだよね。食(た)べたりしてはいけないといわれる。どうしてかな。ちょっとだけならいいかな。君(きみ)のドロこねあそびの経験(けいけん)を書(か)いてみるのも一(いち)案(あん)。そこで、自然(しぜん)の一部(いちぶ)をつくりかえ、あそんでいる自分(じぶん)がみえてくる。

 

2.よもぎ

これってね、なんとすりきずなんかのときに、血(ち)をとめてくれるの。ボクはいたずらっこだから、いつもどこかケガをしていました。よもぎの葉(は)を(といっても花(はな)はないように思(おも)うけど)くちゃくちゃにして、そしてきず口(くち)にあてて、ホータイをする、これやったんだよね。するとなおっちゃうの。ホント。草(くさ)をバカにしてはいけない。なんたって、たかが草(くさ)にみんな名(な)がついているんだから。

 

3.名(な)をもつ草(くさ)

ここに目(め)を向(む)けてみようよ。よもぎ、なずな、よめな……とかいろいろな名前(なまえ)がつけられている。

どうして、どーしてなの。と考えてみよう。みんな引(ひ)っくるめて「クサ」といえないわけはなぜか。これは子(こ)どもひとりひとりに名前(なまえ)をつけることになっているし、商品(しょうひん)にみんな名(な)があることとおなじだ。名(な)をつけるとどうなるか、サーテ、考(かんが)えてみよう。それだけでもりっぱな感想(かんそう)文(ぶん)になる。

 

4.ちがい

どうしてみんな草(くさ)ってちがうのかな。ちがっていてどうなるっていうのかな。草(くさ)や花(はな)をみて君(きみ)はどう思(おも)うのかな?・ものの見方(みかた)として覚(おぼ)えておいてほしいな。

それは進(すす)めてみると、人と人のちがいにも、行(い)きついていく。

人(ひと)は、根(ね)が足(あし)となって歩(ある)いていくようになった、オバケくさなのかもしれないそ。

 

5.知(し)っている

ばばばあちゃんは、どうして知(し)ってるの。そして君(きみ)たちは知(し)らないことがある。どうしてだろう。ここでも、子(こ)どもたちが、ばばばあちゃんからあれこれ教(おそ)わっている。それはばあさんだから、ということではせつめいできない。知(し)っているのはどうしてかと考(かんが)えてみよう。人(ひと)はドクキノコとふつうのキノコを知(し)っている。なぜそれをわかったか。はじめてドクキノコを食(た)べた人は……。それがドクキノコのせいとわかったのは……。ちえとかその伝(つた)わり方(かた)を、すごーく長(なが)いじかんとして考(かんが)えよう。本(ほん)やテレビで知(し)った、というのはつい最近(さいきん)のこと。それがなかったころまで考(かんが)える根(ね)を、のばしてみることにしようじゃないか。

 

6.年(とし)

年(とし)と歴史(れきし)とちえとその伝(つた)え方(かた)、どうやらそんなことが、みえかくれしているね。ひとつのべースとしてとらえておこう。

 

7.あそび

この子(こ)たちは、自然(しぜん)の草(くさ)をとったりしてあそんでいる。こういうのは、自然(しぜん)をこわすことにはならないのかなァ。

 

8.よゆう

こうしてのはらであそんでいる子(こ)たちは、いっぱいいるだろうか。

君(きみ)はどう?毎日(まいにち)のように野(の)や山(やま)であそんでる?ばばばあちゃんみたいな人(ひと)はそばにいる?いまの時代(じだい)や、君(きみ)のいまと比(くら)べてみるのもいい、もしもちがっていても、それでも共通(きょうつう)するものはいっぱいある。そこに目(め)を向(む)けるといいんだ。

 

9.絵(え)

この絵(え)いいねえ、こんなところでのんびりしてみたいな。この本を書(か)いてしまったら、ぜったい行(い)こう!そして野原(のはら)でねころんでみよう、と思(おも)ってしまう。

でもね。

こうした野原(のはら)には、バッタや、けむしや、いろんな虫(むし)のしがいなんかもある。そう思(おも)うと、急(きゅう)に「あーあ」とためいきをついてしまう。自然(しぜん)は絵(え)でみている方(ほう)がいいかもしれないな。草(くさ)の下(した)で死(し)んでしまった虫(むし)のしがいがとけて、草(くさ)の栄養(えいよう)になったりして、それをまた人(ひと)が食(た)べる。人(ひと)と土(つち)とも強(つよ)いきずなでつながっているんだろうね。このいい感(かん)じの絵(え)、ほっぺの赤(あか)、いかにもけんこうそうな黄色(おうしょく)人種(じんしゅ)のとくちょうをとらえた顔(かお)に、目(め)をやってみよう。そこに、時代(じだい)をこえた作者(さくしゃ)のねがいがみえるかもしれない。

 

10.草(くさ)の料理(りょうり)

米(こめ)だってムギだって、草(くさ)といえばいえる。人(ひと)はそうしたもんを、あれこれ工夫(くふう)して、作(つく)って食(た)べているということだ。君(きみ)の家(いえ)のれいぞうこを、いますぐあけてごらん。またこのあとの食卓(しょくたく)をよーくみてごらん。これ草(くさ)、これ動物(どうぶつ)、これさかな……というように分(わ)けてみるといいね。

「あなた、何(なに)やってるの?」と両親(りょうしん)はふしぎそうに君(きみ)をみる。ここにも草(くさ)がある、ふしぎ草(ぐさ)……なんちやって。

オホン。そんなことをしていくことを通(つう)じて、草(くさ)をどれだけ食(た)べているかがわかるし、またほかの動物(どうぶつ)も、何(なに)を食(た)べているのかしらべてみるのもいい。

ちょっとしたヒントで、大発見(だいはっけん)をすることもあるものだ。

まあ、がんばって考(かんが)えて、何(なに)かをみつけてみようよ。

 

11.下(した)ごしらえ

これは料理(りょうり)のことばだけど、他(ほか)にもつかえる。しごとも、勉強(べんきょう)も、そうじも、生(い)きる上(うえ)でも、かぞくでなかよくすごすためにも、それはいえるかもしれないね。下ごしらえとは何(なに)か。いっさい料理(りょうり)するまえに、一(ひと)つひとつの材料(ざいりょう)を、ちゃんとこしらえておくこと。準備(じゅんび)、ということかもしれない。それがないと、料理(りょうり)がいくらうまくても、味(あじ)やできばえはよくない。

何(なに)かににているね。そうした進(すす)め方(かた)もいいと思(おも)うな。

 

12.しお

青(あお)ものをきれいな色(いろ)にするため、しおをいれる。これはちえだよね。じゃあ、夏(なつ)の海(うみ)のなかの青(あお)いものはどうなるのかな。しおと草(くさ)とのつながり、大(おお)ざっぱに言(い)って山(やま)と海(うみ)。両方(りょうほう)ですてきな色(いろ)になる。こじつけて何(なに)かを考(かんが)えてみるのもわるくないな。

 

13.にがみ

それぞれがにがみをもっているなら、それがもち味(あじ)だとは思(おも)うけれど、それをとってしまおうとする。とすれば、にがみというもち味(あじ)はなくなって、ただの青(あお)ものの草(くさ)になってしまう。

これって、いいことなのかな。と思(おも)ってみよう。ほかとの調和(ちょうわ)をはかるために、くせやもち昧(あじ)をとってしまう。ここには人(ひと)の社会(しゃかい)やグループと共通(きょうつう)するものがあるように思(おも)う。

にがみを生(い)かしたものを作(つく)りゃいいのに。きっとばばばあちゃんのちしきやちえに、それはないんだ。仲(なか)よくすることが主(しゅ)だったんだね。君(きみ)たちの出番(でばん)はここにある。にがみをとらずにそれをいかす。

ここの深(ふか)い意味(いみ)をつかんで、ぜひ文(ぶん)を進(すす)めてほしいな。このところ日本(にほん)では、にがみばしったいい男(おとこ)や力(ちから)もち、スケールの大(おお)きいのがいなくなりました。古(ふる)くからのちえは、生かし方(いかしかた)が大切(たいせつ)なようだね。

 

14.まぜる

ま、それはともかく、いろんなものをまぜる、あえる、これはすごいことだね。これもまた社会(しゃかい)に応用(おうよう)してみることにしたらいいと思(おも)う。どうして人(ひと)はおなじような味(あじ)にしたがるか。につけ、あじつけ、あえもの、やきもの、つけものも……。料理(りょうり)はじつに文化(ぶんか)だね。人(ひと)と社会(しゃかい)のつながりだね。

そんな目(め)で、君(きみ)、また食卓(しょくたく)をみてみよう。

 

15.よもぎだんご

ぜひ作(つく)って、おくって下(くだ)さい。おなかすかしてまってます。

文(ぶん)よりだんご。考(かんが)えるより作(つく)れ、そうして食(た)べよう。バラがへっては、感想(かんそう)文(ぶん)はかけぬ。といって食(た)べすぎると、考(かんが)える力(ちから)がおちてねてしまう。

よもぎがきずにきくなら、おなかのぐあいのわるい人(ひと)や、きずが内側(うちがわ)にある人(ひと)は食(た)べた方(ほう)がいいんだろうね。なおったりして。またよもぎばっかりつめこんだりして。どうなるかなァ、だれかやってみないかな。

 

16.ドロだんごとよもぎだんご

やってることはおなじ。土(つち)と草(くさ)、ありのままの自然(しぜん)と、ちょっと人(ひと)が工夫(くふう)してちえをもていく自然(しぜん)。それが一方(いっぽう)は食(た)べられないで、一方(いっぽう)はくすりにも、おいしい食(た)べものにもなるし、また感想(かんそう)文(ぶん)にもなるし、またボクのおなかにもたまる。

その二(ふた)つのちがいをみてみることだ。やってることはおなじでも、ステージも材料(ざいりょう)もちがう。人(ひと)の文化(ぶんか)、人(ひと)の歴史(れきし)、人(ひと)の進歩(しんぽ)、というものをみせているようにもみえる。

ただ、生(なま)つばをのみこむだけではいけない。考(かんが)えることをしないと、君(きみ)のまえのよもぎだんごは、いつでも土(つち)のだんごになってしまうそ。

 

17.バースデイ

なんで生(う)まれた日(ひ)を祝(いわ)うのか、これは日本(にほん)ではこの二〇年(ねん)くらいの問(あいだ)で急(きゅう)にはやってしまったね。このおばあちゃん、かなりインテリだな。

何(なん)のたんじょうか。おばあちゃんというだけでなく、子(こ)どもたちは何(なに)かをつかんで、何(なに)かに目(め)を開(ひら)き、何(なに)かが生(う)まれた。そして、死(し)んだ草(くさ)の生命(いのち)も、また人(ひと)の生命(いのち)をつないで生きかえる。そうしたものをひっくるめて、バースデイの意味(いみ)を考(かんが)えてほしい。

いつもいつも生(う)まれつづけ、死(し)につづけるものだろうね。自然(しぜん)も人(ひと)もね。それを語(かた)っているこのばばばあちゃんは、ひょっとすると、人(ひと)だけど、人(ひと)じゃないかもしれないな。これテーマのひとつだぞ。

 

18.最後(さいご)の完成(かんせい)は人(ひと)にまかせる

これはすごいことだね、そして自分(じぶん)は九九パーセントやっているのに、みんなのプレゼントをありがたく……と言(い)ってしまう。これで、「うん!ボクたいへんだったよ、作(つく)ったよ!」と言(い)ったら、すなおだけど、アホだよね。これは愛(あい)か、教育(きょういく)か、運命(うんめい)か、すべて満足(まんぞく)か……。いずれにしても君(きみ)の周囲(しゅうい)のおとなと比(くら)べてみる価値(かち)はある。

ホレ、ボクだって、いつも完成(かんせい)は君(きみ)たちにまかせている。よもぎだんごの下(した)ごしらえや、やり方(かた)のヒントは、どこにでもある。

 

19.自然食(しぜんしょく)

いまはブームなんだってさ。でも自然食(しぜんしょく)じゃないものってないみたい。自然(しぜん)、健康(けんこう)、生(せい)、こうしたことにも目(め)を向(む)けてみるといいね。

いつも本は時代(じだい)を映(うつ)すかがみだぞ。

 

*以上(いじょう)、どう?切(き)り口(くち)みつかったかな。いっぱいあるでしょう。

このほかにもたくさんたくさん、みつけてみよう。それが下(した)ごしらえだ。

アハハ。

 

 

※上記の著作権は宮川俊彦にあります。
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※出典:きみにも読書感想文が書けるよ パート2(1・2・3年向)(1990年)

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よもぎだんご

さとうわきこ・作 / 福音館書店