歩きだす夏

歩きだす夏

レオ・バスカーリア・作 島田光雄・絵

みらい なな・訳 / 童話屋

 

とうとう夏休みが来た。わたし、美杉加奈子は、パパのいる北海道に飛んだ。

パパとママは三年前に離婚して、わたしは陶芸家のママと東京で二人暮らし。長いお休みには札幌のパパのところへ行く。夏の間はすずしい北海道で、少しは勉強しなくちゃ、なんて思ってた。

ところが、空港に出むかえにきていたのは、パパだけではなかった。パパに寄りそうようにして、若い女の人が立っていたのだ。

うそっ、うそでしょ~!こんなの、ひどすぎる……。パパはこの、ママよりちょっと美人の花がらワンピースの女の人と再婚するつもりなんだろうか。

こうして、わたしの小学校最後の夏休みは、最悪のスタートを切った。

 

◎とっちゃまんのここに注目!

女の子の心の動きや考え方が細やかにえがかれている作品。主人公の加奈子、美砂、加奈子のママに、パパの恋人さよ子さん。女の子や女の人の言葉がたっぷりあって、しかもリアリティがあるから、女の子たちには、共感できるところが多いだろう。

なやみ、つんのめりながらも前向きな、加奈子の元気な生き方に注目だ。

 

・加奈子の心の動き

加奈子の両親は離婚して、それぞれ、自分の仕事に打ちこんでいる。パパは研究、ママは陶芸。二人ともけんめいに自分自身を生きているということだ。

加奈子は、そこにさびしさや悲しさを感じている。ロに出しては言わないけれど、「勝手じゃない」、「私はどうなるのよ?」ということだ。そんな加奈子をママもパパも気づかう。それがまた、加奈子にはもどかしい。

この加奈子の心のゆれや動きをじっくり追ってみるのもいいな。あちこちにぶつかって、自分の心をなだめたり乗りこえたりしながら、加奈子は前に進んでいるね。ママの言葉を借りれば、ぐちゃぐちゃの気持ちの中から、自分の「形となるものが、引き出されるのを待ってる」ということになるかな。陶芸って、そういうものだものね。人間も同じさ。

 

・親の問題は却下?

「飼い犬裁判所」と「飼い犬相談所」の夢は暗示的だったね。「父親の女性問題は、却下!」、「母親の仕事の問題は、却下!」というグレートデーン裁判官のセリフがいい。さよ子さんが言うように、加奈子の思いが夢になったんだろうね。

加奈子は、親の離婚はしかたないし、たいしたことじゃないと思おうとしている。でも、やっぱりそうもいかない。

加奈子には、「わたしはどう生きていけばいいのか」、「わたしはなんなんだ」といった不安や、まわりに取り残されていくようなあせりの気持ちもある。

そんなあれこれが夢に現れてしまう……。たぶん、加奈子はいま、ひとりで歩きだそうとしているんだ。

 

・今よりもう少しだけ幸せになる権利

「今よりもう少しだけ幸せになる権利」。パパが言っていたよね。当然のことのようにも思えるけど、親の立場から言われると、「そんなのってない」と言いたくもなる。きみはどう思う?時には、ツッコミを入れたり、反論したりしてもいいんだよ。だって、このパパ、ちょっと情けなくないか?

でも、いまより少しも幸せにならず、生活していくだけの暮らしは、たしかにつらい。打ちこめるもの(仕事にしろ、恋人にしろ)があるっていいなとも思う。

 

・作者からのメッセージ

大事なことは、好きなことをすること、自分を好きでいること、夢に向かって歩いていくこと。この作品にはそんなメッセージがこめられているよね。マイナスのこともプラスの方向に考えていこうよ、というはげましがある。

ボクには、紙の上には書かれていない作者の思いも感じられる。「これでいいのかな、だいじょうぶかな」と、言葉にしないでつぶやいている気がするんだ。

 

 

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※出典:読書感想文おたすけブック(2005年)