むかしボクが東京の高円寺という町に住んでいたころ、庭のはなれがボクの部屋だった。小さいけれどど(・)くりつ(・・・)していた。
ある朝、ボクがねているまくらもとに、なにか黒いひものようなものが、 きれいな一直線で置かれているように思った。こんなもの持ってたっけ?と 思って、ねむい目をこすりながらよく見ると、そのひもはこきざみに動いて いる。
さらによく見ようと目を近づけたら……、アリだった。ドキッとしたよ。 しかもなんと庭からボクの部屋に上がっていて、それもねているまくらもとを通って、つくえに登って、その上に置いてあった飲みおえたコーラのカップの中まで続いていた。そしてカップの中はまっ黒。
すごかったよ。しかもだよ。この直線は二列。「行き組」と「帰り組」。きれいに行列していて、せっせと順序正しく動いている。しばらくボーゼンとながめていたが、おもしろくなっちゃって、この本に書いてあるとおりに障害物を 置いたり、カップの場所を移動させて、動きを見たり「実験」をしていた。
いいかげんあきたころになって、カップを庭におろした。波が引くように 黒い線はちぢまって形を変えて、もちろん「まよい組」も多かったけれど、 部屋からすがたを消した。
これがおもしろくて、ときどきわざとやっていた。
ねるときはやはりカップはあらってしまうべきだな。でもそのままにしていたから発見もおどろきも感動もあった。なにごとも「経験」だよ。
この本は、そんな忘れていた昔のことを思い出させてくれた。とくに「ぎもん」だった行列について、「なっとく」のいく説明が書かれていた。
二十五年ぶりに「ぎもん」がとけた。なるほどー、と一気に読んでしまっ たな。
こういう研究や調べたことをまとめた本(レポートもの)は、感想文として書きにくいと言う人がいる。そんなときは自分の「体験」をもとにして考えてみてもいい。きみたちもアリを追いかけてあそんだり、ようすをずっと見ていたりしたことがあるはずだ。
そしてなにより、じっさいに「観察」や「実験」をしてみるといいんだ。
それとこの本をくらべ合わせてたしかめていくことをすると、読書をした ことがいきてくる。
「考える読書」から「行動する読書」になっていくね。これはとってもだいじなこと。
【アリ】
ふしぎな生き物だよね。もっともむこうから見れば「ヒトってふしぎ」と 言っているかもしれないけれど。
ボクは高円寺での「経験」から、アリのようすに一定の決まり(秩序)を感じる。きちんと「役わり」があって、きっと指図するものがいて、みだれのない集団行動をしている。軍隊みたい。
「集団」でないとやっていけないんだろうな。一ぴきだけの、はぐれアリ じゃまずいんだ。
さて、ボクらは自分たちのまわりにある、あらゆるものが教科書になるっていうことを知ってるよね。あのダムだって、ビーバーが木をたおして川をせきとめるようすから学んだのかもしれない。「行列」や「やくわり分たん」は アリから学んだのかもしれない。
そこできみは、たとえば、このアリの行列のふしぎを読みながら、「人は……」ということを考えていくというのはどうだろう。
「アリは(が)」を「人は(が)」に変えてみると、「アリと人で共通しているもの」が見つかっていくよ。
【アブラムシ】
そうか。アブラムシとアリとの関係は知らなかったな。
おもしろいね。みんなつながっている。しかし、なんとまあ、おしりから 出る液体を吸うっていうのは、なんともかんとも……。おしりから出るのが、あまいみつっていうのもね。
あまいものはやはり大切なんだ、生きていく上には。
よーし!ようかん(・・・・)食べよっと。
生きる関係、おたがいに関係しながら生きあう関係、として見てみよう。 ならばアブラムシはアリからなにをえているんだろう?
こんなことがつぎつぎに「ぎもん」となっていく。本を読んで、「なっとく」しているだけじゃもったいない。そこからつぎの「ぎもん」をどんどんぶつけていくといいんだ。
「ぎもん」を形にして、ことばにして、広げていく。これがこうした本を 読むときには大切なしせいだと思う。
【なっとく】
この作者はどんどん調べていくよね。いろんな「実験」もしている。それに写真もいっぱいとった。このことに目を向けるといい。
「目」が大切だね。行列の行くほうと帰るほうの、おなかの具合(ようす) なんてよく見ている。
きみも調べてみようよ。
「この本を読んで、じっさいに調べてみました。」なんていうふうになるとサイコーだな。
この本に書かれていることではないものが見つかったら、それこそ大切だよ。
「なっとく」いくまで調べる。「しせい」としてほしいよな。
【個人用・なかま用】
「二つの胃」っていうのはいいな。しかもおなかは、のびちぢみできる。 アリってべんりなやつだよね。人はそうもいかないから、道具を作ったりするんだよね。
集団のためだけではなく、個人のためだけでもなく。この「バランス」だ。つまり、この「つりあいのとれた考え方」。
これはよく作文のしけんに使われるテーマだ。ウーム。アリはいい素材 (材料)になるなー。
【いろいろあり(・・)だね】
はたらいているアリもいれば、さぼっているのもいる。こんなことを知るとほっとするよね。
とにかくこの本にはいっぱいの「じょうほう」がつまっている。いいねぇ。
調べるということはどういうことかがわかる。この本はとてもよいさんこう(・・・・)書(・)。
きみの「ふしぎ発見」をやってみるといいよ。
そうだ!ハチを調べよう。でもさされるといたいなー。あぶなくないもので、なにか調べてみよう。この本をきっかけにして見つけ出したものなら、なんでもアリだ。
それもりっぱな感想文だ。
そして動物園に行ったり、せんもん家の先生たちにも聞いてみたりすると いいよ。取材だね、楽しくてだいじなのは。自由研究にもなっていく。
こういう本は考えるタネにもなっていくんだよ。
知ることの大切さ、きょうみをもつことの大切さ、調べ続ける大切さが わかっていく。きみもなにかをなっとくいくまで観察して調べるということをしてみよう。
このごろは広く浅い知しきでじゅうぶんだという考えがある。またはテストや成績アップのための勉強さえしていればいいという考え方も強くある。
でもさ。勉強っていうのは自分のためにやるものだ。自分がなっとくいく までやっていくことで、いっぱい大切なことがわかっていくと思う。
アリの話だけど、そこからボクらは人としてさんこうになったり、考えさせられることも少なくないよね。いやいやアリという、同じ世界、同じ時代に 生きている、生き物のなかまのことを知るというだけでも意味がある。
こうした本はもっと必要だね。
この本を読んでから、図かんや、ビデオや、もっとほかのせんもんの本に 向かっていけたら、それもすてきなことだ。
生きているアリに、かんぱい!ってとこかな。
※上記の著作権は宮川俊彦にあります。
※無断での転用・転載を禁じます。
※出典:これできみも読書感想文の名人だ(1999年)
—————————————————————————————————————————————————————————————————————
クロクサアリのひみつ
行列するのはなぜ?
山口進・写真・文 久保田政雄・監修 アリス館