ある日突然自分の住んでいる所が放射能に汚染されたら……。チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故があったのは一九八六年。アレクセイの住むベラルーシのブジシチェ村も被災し、人びとは、危険だから村から出るようにと言われる。たくさんの人が村をはなれ、村にはアレクセイと五十五人の年寄りだけが残った。
残った人びとはみな、「放射能は降ったけれど、ここにはきれいな泉があるからね」と言い、放射能が降る前も、降った後も、泉の水をくみ、命をいつくしみながら暮らしている。春も、夏も、秋も、冬も。
ベラルーシに通って、アレクセイや村の人びとの暮らしを写しとった作者は、きみに何を伝えようとしているのだろうか。
◎とっちゃまんのここに注目!
きみが生まれる以前に起こったチェルノブイリの原発事故――。
すさまじかったんだよ。穀倉地帯が汚染されて、大量の食料が輪入された。一説には、この事故が当時の大国ソ連を崩壊させたともいわれている。年表で調べてみるといいよ。
その原発事故の後、多くの人が去ったというベラルーシの被災地が、この本の舞台だね。
ボクはこの国とちょっとつながりがある。きれいな人が多いんだよ~。日本が好きで、日本語を勉強したいという人がたくさんいて、アレクセイのようなしっかり者も多い。人間が犯したあやまちをしっかり受けとめて生きている人たちがいる国だ。きみにもこの国のことを知ってほしいと思う。場所は地図帳で確認だ。
さて、この本をどう読むか?原発の事故と放射能のこと、生きるということ、命ということ、なぜ村にとどまるのかということ……。こういったことがポイントになるだろう。
・村には何があるのか?
村には五十五人の年寄りが残ったという。なれしたしんだ土地を年をとってからはなれるのはつらいよな。でも、それだけではない。ここは危険だ、汚染されていると言われても、お年寄りたちは動かない。アレクセイも出ていかない。そこには何があるのだろうか?見ぬいてほしい。
不思議なことがある。この村は放射能に汚染されているはずなのに、なぜ、村の泉からは放射能が検出されないんだろう?
生命をはぐくみ続けているこの村の泉は、まさに「奇跡の泉」「聖なる泉」だ。
何か、科学や技術や人間だけの都合には負けないという、地球の強い意志のようなものが感じられるよね。
・作者のメッセージは?
作者は、ややもすると打ち捨てられそうな村に焦点を当てて、大切なことを伝えようとしているね。それは何か?
地球誕生から四十五億年、生命誕生から三十三億年。生命は三十三億年かけてここまできた。まず、この点から考えてみてほしい。人びとの表情や村の暮らしを写した写真からも、作者のメッセージが読みとれるだろう。
地球のすごさというより(それもあるけどな)、人間の生き方やあり方を問うべきところなんだろうな。
・感想文はどう書こう?
日本は世界唯一の被爆国だ。原発や放射能について、ボクらには、ほかの国の人たちとはちがう感覚があるかもしれない。そうした考えをもとに、意見を組み立てる手もあるだろう。「事故後の世界」についての考察もオーケー。とにかく、きみの意見を前面に打ち出した感想文を書いてほしい。「命」、「生きるということ」、「アレクセイ」や「泉」も、感想文の主語になる。「この泉は~」といった形でね。
ボクは、泉は、ボクの中にあると思っている――な~んて、かっこよすぎるかな?いや、ボクはほんとうにそう思っているんだ。
※上記の著作権は宮川俊彦にあります。
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※出典:読書感想文おたすけブック(2005年)
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アレクセイと泉のはなし
本橋成一・写真・文 / アリス館