バーバラ・オコナー・作 三辺律子・訳 かみやしん・絵 / 文渓堂
これは傑作(けっさく)だ。
残念ながら、日本の作家じゃなくて、海外の作家の翻訳物(ほんやくもの)。
課題図書では、翻訳物に傑作が続いている。去年の『ビーバー族のしるし』。その前の『ぼくの羊をさがして』。どれも長編だ。ていねいにしっかり作られていて、読み応えがある。圧巻だ。
このくらいの作品をじっくり読んで、テーマを導き出して、分析し読解していくといいな。
☆カバーや帯の紹介文に注目する
オビの紹介文には「自分のことしか考えられなかった、少女の心の成長」といったことが書いてあった。でも、それではあたりまえでなんの新鮮さもない。そんな紹介で読みたくなるかな、と疑問に思った。
「子どもが成長することは正しい」というのは神話だ。そうでないときもある。『こども電車』とくらべてみるといい。『こども電車』の作者は、大人に成長するまえの子どもの段階に価値を見出しているようだ。
☆ストーリーは大きくつかむ
成長するのは子どもだけじゃない。大人だって、犬だって成長する。成長とは変化することだ。
どういう変化を成長というのか。それぞれの作者の価値観によって変わってくる。
この作品では何を成長としているだろう。ほとんどの物語は、「何かが、何かになる」その変化を書いている。そこを読み取るといい。
最初、主人公の少女ジョージナは、「何を」「どうしようとしていたか」。「それはなぜか」。
それが、どう変化するか。そして、「最後にはどうなったか」。
そこをつかむといいんだ。ストーリーを細かく追わなくてもいい。大きくつかむことだ。それが大意をつかむということになる。
これを成長物語と読むのなら、この物語では、何がどう変わったことを「成長」としているのか、そういう大づかみな読み方が、こうした物語にはふさわしい。
もちろん部分部分に注目してもいい。この作品は、どこから切り込んでも、万華鏡のように輝きを放っている。傑作とはそんなものだ。
たとえば、主人公以外の登場人物い焦点を当ててもいい。
ホームレスのムーキーさん、犬を盗まれたカーメラさん、ママ、弟のトビー……。それぞれの登場人物が魅力的だ。性質や人格がよく書き分けられている。感想文には、そういう書き方もある。
ムーキーさんなんていいよね。人間としての深さを感じさせる。
いい作品は、ちょっとしたエピソードにも哲学が入り込んでいる。きちんと大切なことを託して描こうとしている。
だから、気になる一文に着目して、掘り下げたらいい。ちょっとしたひとつに多くの意味が込められていたりする。こういう書き方は、アメリカの作家が上手だ。言葉のセンスがいい。
☆洗練された言葉のセンスを学ぶ
笑いにも品格がある。くすぐるように書いたり、ちょっと目先を変えたりしている。親父ギャグ程度の笑いしか書けない日本人作家とはちょっとちがう。
こうやって書けるようになるには、日常の言葉の使い方から変えていかないとダメだ。普段から会話をすることに慣れて、言葉を洗練していくことだ。外交官のようにね。
この本でそんなことを学ぶのもいい。というか翻訳物のおもしろさはそこにもある。いいなあと思う文や言い方をつかみだすんだ。
☆大切なのは「答え」じゃなくて「問い」
タイトルがおもしろい。「どろぼうの計画」というのがいい。
どろぼうのやり方を、子ども向けの本にする。これはさすがだね。えっと思わせる。
もちろん、どろぼうをすすめているのではない。よくないんだ、そう熟知(じゅくち)しているから書けることだ。かえって、犯罪を予防するために活用できる本だともいえる。
ここでは「葛藤(かっとう)」、「良心の呵責(かしゃく)」が書かれている。どういう意味だろう?
この言葉は辞書で調べるといい。もう知っていていい。人として持つべき当然の要素だ。
それがあってこの作品は一歩踏み込んでいける。
「これでいいのか」、「このままでいいのか」。
そういう問いがたいせつなんだ。それが人を成長させていく。これでいいと思ってはいけない。
問い続けること。
問題意識を持つこと。
問題提起をすること。
これが感想文でも一番肝心なことなんだ。考えるとは実はそういうことなんだね。いつも考えていられる。
☆考える方法を学ぶ
計画を紙に書いているよね。それが、だんだん綿密になって行く。
この子はかしこい。こんなときはどうしよう?そして今度は?そうやって、あらゆるケースを想定して、もっとも安全で、確実な道を描こうとしている。
これが考えるということだ。ただ、思っているだけじゃダメだ。
想像し、いろいろな場合を想定し、なんども検討し直す。そういう計画の立て方、そして際限ない計画の練り直しが必要なんだ。
最初に作った計画どおりに、そのまま実行していくというのは、あまりに能がない。それでは失敗しがちだ。いや、すでに失敗だといっていい。
計画を考える。最初の計画を壊して、また立て直す。それが人を進歩させていく。この主人公はそれができている。だからかしこい。そしてまんまと成功させる。
用意周到であるのがいい。ね、犯罪計画というのはアホじゃできないんだ。ジョージナがもっともっとかしこくて、強くて、ずるかったら、国だって盗めるかもしれない。
☆犯罪をする人、しない人のちがいとは?
最後には、ほとんど完璧な計画になった。
それなのに最後までだましとおせなかった。ウソをつきつづけられなかったんだ。
なぜだろう?
犯罪をする人としない人は、きっと紙一重なんだ。
何が犯罪をする人としない人を分けるんだろう。そこは読み取らないといけない。
何によって「正しい」道に戻れるのか。そこだ。
最後までウソをつき続けずに、正直に白状してしまう。ごまかしたらいいのに、全部言ってしまう。これは正しいことだろうか?
正直になるのは、本人にはいい。しかし、まわりを困らせるのではないだろうか?ふとそんなことを考えてしまう。
許されるとしたら、それはなぜだろう?そこにちょっとばかりこだわっていきたい。
☆家族を捨てる親とは?
車上生活といのはたいへんだ。
世界にはいろんな貧しさがある。豊かな国アメリカにも、車ひとつで母と子が生活する、そんな暮らしがある。
たしかに、家がなくても車があれば暮らしていけるかもしれない。なんといったって、車は「動く家」だ。キャンピングカーで放浪生活している人もいる。なんとなく楽しそうだしあこがれる。
でも、家がなくて車だけ、そうなると話は別だ。路上生活より、少しまし、というところではないだろうか。
こんな生活になった理由は、パパがどこかへ消えてしまったからだ。
よくある話だ。親が自分を優先して、親としての責任を果たそうとしない。日本でも近年そういう親が増えている。
親が、さっさと子や家族を捨てる。これをきみはどう考えるだろうか。
ひとりひとり、自分の責任で好きに生きる権利がある――それだけのことではないだろう。家族に対する義務がなくてはならない。好き勝手に子を産んで、勝手に捨てるのはボクはよくないと思う。
いい家を手に入れようと、ママが何とかしようとする、これは正しい。
それに協力しようという子たちも正しい。
「家を手に入れるんだ」という目的は素朴で基本的な願いだ。それが家族なのかもしれない。
家族というのは、努力して、家族になっていくものなんだ。その努力が大切だ。好き勝手にやっていたんでは、家族ではない。血がつながっていても、つながっていなくても、努力しないと家族にはなれない。
「きみの家はだいじょうぶか」とは、ちょっと聞きにくい。自分の家族がどうか、というよりも、自分は身勝手にはしないという決意が大切だ。
なぜ貧乏になったのか?母子の車上生活になった理由、その背景を考えてみよう。こうならないためには、何をどうすべきだったのか?
実はパパだけの責任じゃない。ママにも責任はある。
☆登場人物の「目的」と「願い」を読む
この計画のきっかけは、家族の暮らしを助けることだ。親思いともいえるし、自分でも貧乏は冗談ではないと思っている。みじめな気持ちが、この計画を立てさせた。
この計画はただのおもしろ半分のゲームではない。そこがいい。
登場人物の行動にだって「目的」と「願い」が表れている。そこをちゃんと見出すことだ。
この長い作品には、つぶやきや迷いなど「心の中の言葉」が満載(まんさい)だ。その 軽妙(けいみょう)さを楽しみながら、そこで目くらましにあってはいけない。多くの言葉の中から「芯(しん)となる言葉」を探りあてるといい。
そうやってみるとわかることがある。
それは、人はいくつもの言葉の層を持っているということだ。
人は浅く考えて、感情だけで語ることもある、深く考えて、論理的に語ったり、直感だけで語ったり……。言葉というのは安定したものではない。ひとりの中でも、起伏(きふく)や落差があると知ることだ。
どれが「フワフワした言葉」で、どれが「芯の言葉」か、それを読み分けないといけない。
それができれば、普段の暮らしの中でも、ささやかな言葉に過剰に反応したり、キッとすることはなくなる。そして、言葉の芯にちゃんと反応していける自分が作られる。
本を読むというのは、そういう効果があるんだ。そうなれるかどうかは、読み方ひとつだ。
☆これは成功したのかな
どろぼう計画は、成功したんだろうか?たしかに、成功したんだよね。しかし、最後まで思惑どおりではなかったようだ。
ジョージナは、自分に正直に生きている。だから最後はうちあけている。理解してもらえてよかった。
だって、これだけだって十分犯罪だ。現に盗んでいる。それを、きみはどう考えるのだろう。罪とは、どういうことだろう。
法律違反だから、というのは、答えとしては安易だ。法律は変わることがある。それに、法律を信じていない人には効力はない。
この作品は、罪について語るために、ぎりぎりの設定をしていると思う。
こんな本が、子どものために書かれたというのはうれしいことだ。考えるテーマがレベルアップしているね。
この作品は、感想文が書きやすい部類の本だ。
共感し、ときにはらはらし、自分との違いを考える。そんなふうに主人公の言葉とつき合ってみたらいい。
ストーリーのテンポはいいけれど濃厚な作品だ。
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※出典:読書感想文書き方ドリル(2011年)