小(ちい)さいころから、まさかりをかついでいるなんて、あぶないやつだ。だからきっと、くまやさるなどというバカとしか友(とも)だちになれなかったんだよ。だいたい、動物(どうぶつ)たちがへいわにくらしていた森(もり)に、とつぜんはいりこんで、くまをなげとばしてしまうんだから。
◎森(もり)で一番(いちばん)つよかったのが、つきのわぐまだったからよかったものの、もし、ゾウが「のっし、のっし」と出(で)てきたらどうする?あるいは、もし、おおかみのむれが、森(もり)をしはいしていたとしたら……。日本(にほん)だからこそ、せいぜいがくまですんだけれど、中国(ちゅうごく)やアフリカなら、さすがの金太郎(きんたろう)も、かなわないだろう。つまり、力(ちから)だけで勝負(しょうぶ)しようとするものは、よりつよい力(ちから)には、かなわないということにはならないか。
◎金太郎(きんたろう)は、足柄山(あしがらやま)の"お山(やま)のたいしょう"(リーダー)だ。君(きみ)のクラスにも"お山(やま)のたいしょう"がいるだろうか。どんな人(ひと)が、リーダーにふさわしいかな。
◎金太郎(きんたろう)は、えらいさむらいに、力(ちから)のつよさをみとめられ、みやこにいくことになった。才能(さいのう)というのは、それを見(み)いだす人(ひと)がいなければ、花(はな)ひらかないものかもしれないね。ぼくたちのまわりで、だれが、このさむらいのやくわりをはたしているのだろうか。
◎もし、さむらいと出会(であ)わなければ金太郎(きんたろう)は、ただのお山(やま)の大(たい)しょうのまま、山(やま)おくで一生(いっしょう)くらしていたことになるかもしれない。きっと、そんな「みやこへ出(で)なかった金太郎(きんたろう)」や、「みやこでしっぱいして山(やま)へかえってきた金太郎(きんたろう)」みたいな人(ひと)はたくさんいる。自分(じぶん)の才能(さいのう)をみつけてくれる人(ひと)と出会(であ)うためには、どうすればいいだろうか。
◎むかし話(ばなし)には、力(ちから)じまんがけっこう多(おお)い。いったい、だれが一番(いちばん)つよいのかくらべてみるとおもしろいね。たとえば、金太郎(きんたろう)と桃(もも)太郎(たろう)がたたかったら……。桃(もも)太郎(たろう)は、きびだんごで、犬(いぬ)やさるやキジをけらいとしてやとった。金太郎(きんたろう)は、力(ちから)のつよさでけらいをつくった。この二つの、まったくせいしつのちがう集団(しゅうだん)がたたかったら、どうなるだろう。あるいは、小(ちい)さいだけがとりえの一寸法師(いっすんぼうし)や、やさしいだけの浦島(うらしま)太郎(たろう)、なかなかうごかない三年(さんねん)寝(ね)太郎(たろう)などの"異種(いしゅ)格(かく)闘技(とうぎ)"大会(たいかい)をくりひろげてみよう。
◎そんなにつよい金太郎(きんたろう)だったら、どうして自分(じぶん)で天下(てんか)をとろうとしないで、人(ひと)につかえたりしたのだろう。みやこでのくらしや、学問(がくもん)・剣術(けんじゅつ)に、あっとうされてしまったのかもしれない。
◎力(ちから)のつよさだけで、世(よ)のなかをおさめることができるのか。世(よ)のなかをへいわにしていくためには、どんな能力(のうりょく)が必要(ひつよう)だろう。もちろん、力(ちから)のつよさもだいじだけれども、それだけではうまくはいかない。かといって、頭(あたま)のよさだけでも不十分(ふじゅうぶん)だ。
◎自然(しぜん)のなかで、のびのびとあそぶ金太郎(きんたろう)。金太郎(きんたろう)に対(たい)してどう思(おも)うだろうか。たとえば、君(きみ)がふだんあそぶ場所(ばしょ)とくらべてみてもいいね。君(きみ)は、金太郎(きんたろう)のような、自然(しぜん)のなかでのくらしにあこがれるだろうか。
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※出典:きみにも読書感想文が書けるよ
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金太郎(きんたろう)
日本昔話