地面(じめん)の下(した)のいきもの

君(きみ)たちに読(よ)ませるのはもったいない。思(おも)わずボクがずっと見入(みい)ってしまった。おもしろいおもしろい、とってもおもしろい。土(つち)の中(なか)のいきものたちが、ちゃんといることは知(し)っていても、どんなふうにいて、どんなくらしをしているのかは、あまりわからなかった。そこにはいろんな生活(せいかつ)があり、苦(くる)しみやドラマがあるんだろうな、と思(おも)わず地(ち)ていの世界(せかい)に心(こころ)をはせてしまった。

これは理科(りか)の勉強(べんきょう)にもなる。この世(よ)の中(なか)にあるひとつの世界(せかい)だ。感想(かんそう)文(ぶん)としては、なかなかやりがいがあると思(おも)う。理科(りか)、社会(しゃかい)のとくいな人(ひと)たちも取(と)り組(く)んでほしい。

 

1.別(べつ)な世界(せかい)

土(つち)の上(うえ)でくらしているボクたちにとって(人(ひと)はかつてあなの中(なか)でくらしたことはあったけれど)、土(つち)の下(した)にくらすものたちの世界(せかい)は、わからない。

地球(ちきゅう)がとうめいだったり、いつも土(つち)の中(なか)がタテにガラス張(ば)りであったらよく見(み)えたのに。だけど、そんなことはないし、できない。ボクたちはいつもそうぞうするだけだ。あなをほっていくとみえるけれど、それはもう土(つち)の上(うえ)に顔(かお)を出(だ)したところであって、たいようの光(ひかり)をあびている。

土(つち)の中(なか)、まっ暗(くら)な世界、そこでくり広(ひろ)げられるできごとは、気(き)をつけなければ、私(わたし)たちが知(し)ることはできない。

そうした別(べつ)な世界(せかい)のできごと。海(うみ)の中(なか)はもぐってわかっても、空(そら)はとんでわかっても、土(つち)の中(なか)はいつも暗(くら)くて、しかも見(み)わたすことはできないんだ。ひょっとすると、生物(せいぶつ)にとって、いちばん安全(あんぜん)な場所(ばしょ)なのかもしれないね。

それを中心(ちゅうしん)にして、この”絵本(えほん)”を見(み)るとおもしろいと思(おも)う。なんのことはない、地上(ちじょう)に人間(にんげん)が高(こう)そうビルをたてる前(まえ)から、地面(じめん)の下(した)に高(こう)そうマンションをつくっていたんだね。しかもムダなく。これには人間(にんげん)たちは一本(いっぽん)とられたなというところ。こうみながら人間(にんげん)をみていくと、おもしろくなるよ。

 

2.ほるな!

といいたいよね。こんなふうにちゃんとくらしているんだもの。そっとしてやりゃいいのに、はじめのページに人(ひと)がほっているすがたがある。あわててにげるいきものたち。人はおもしろ半分(はんぶん)に、他(ほか)のいきものの生活(せいかつ)の場(ば)をあらしてはいけないのだ。けれど、そうしないとわからない。わからなくてもいいじゃないかといわれても、わかりたいし、知(し)りたい。何(なん)のため?ときかれると、いろいろ理由(りゆう)はつけられるけど、きっとただ知(し)りたいんだということにつきるだろうね。

そんな知(し)りたがりの人(ひと)というものを、考(かんが)えてみるのもいいし、そこから、しぜんをほごするとか、開発(かいはつ)するとかいうことも考(かんが)えていくこともできるね。

 

3.社会(しゃかい)

たった一(いっ)ぴきで生(い)きているようでも、そのいきものにも親(おや)はいるし、そのまた親(おや)もいたんだ、ということがわかるよね。そしてなにごともなく安全(あんぜん)に、そのいとなみをつづけたら、そのまま子(し)そんをのこすこともできるんだ。そしてそこで生(い)き、他(ほか)の生物(せいぶつ)を食(た)べたり、また食(た)べられたり、エサをためたり・ドロボウにあったり・いっしょに生活(せいかつ)したり・それは大(おお)きく見(み)たら人間(にんげん)社会(しゃかい)と同(おな)じようなしくみだともいえるよね。そのいきものたちの社会(しゃかい)から学(まな)ぶことも多(おお)いし人(ひと)とくらべていくのもいいと思(おも)うよ。

大(おお)きなしぜん界(かい)の生命(せいめい)のすがたをみていくと、かならずおもしろい感想(かんそう)がでてくるはずだよ。

 

4.学(まな)

人(ひと)はなにも教科書(きょうかしょ)から学(まな)んでいるだけじゃない。しぜんの中(なか)から、生(い)きながら学(まな)んできたんだ。だから、空(そら)をとぶ鳥(とり)をみてとぶということを知(し)り、ひこうきをつくったりもしたんだね。この本(ほん)の中(なか)に書(か)かれている、たとえばアリなどの分業(ぶんぎょう)や部屋(へや)分(わ)けなどのし組(くみ)みや、はっきりした身分(みぶん)。それぞれの役(やく)わりをこなしていくすがた。ここらへんからは、人(ひと)が学(まな)ぶところはまだ多(おお)いといえるね。

このごろの世(よ)の中(なか)のじけん、問題(もんだい)、君(きみ)のクラスや家(いえ)の中(なか)でおこったできごと、そうしたことがおこるわけや、そのかいけつ方法(ほうほう)もひょっとすると、こうした絵(え)の中(なか)にあるかもしれないね。自分(じぶん)は自分(じぶん)のもつ力(ちから)で、自分(じぶん)の役目(やくめ)をこなす。これが当(あ)たりまえにおこなわれている世界(せかい)と、ボクらが生(い)きる人間(にんげん)の世界(せかい)とのひかく。

くらべてみると、おもしろいことがみつかると思(おも)うよ。そんな目(め)でみてみることだね。

 

5.土(つち)

よく「土(つち)にかえる」という。人(ひと)が死(し)んだり、いきものが死(し)んだら、土(つち)にうめたりするよね。さて、この”土(つち)”というのはいったい何(なん)だろう、何(なん)でできているんだろう。それを考(かんが)えるときに、こんなことを思(おも)ってほしい。今(いま)までこの地球(ちきゅう)の上(うえ)にいた、何(なん)おく年間(ねんかん)に生(い)きた動物(どうぶつ)や人(ひと)や植物(しょくぶつ)はどこに行(い)ったのか、ということなんだ。天国(てんごく)というのは、ちょっとこまる。みんな食(た)べられたり、くさったりしてしぜんの中(なか)にとけていったんだ。土(つち)もまた、海(うみ)と同(おな)じくらい多(おお)くの生命(せいめい)を受(う)けたかもしれない。化石(かせき)などはそのしょうこ。みんなこの土(つち)の中(なか)には、今(いま)までの地球(ちきゅう)のいきもののれきしや、生(い)きたかけらや、それらのひとしずくが残(のこ)っているんだ。土(つち)はそうしたものでできているのかもしれないね。(”土(つち)は生命(せいめい)のからだを、海(うみ)はそのなみだをためてつくった”なんてかっこいいことをいっちゃったりして)

土(つち)からまた植物(しょくぶつ)が生(う)まれ、そしてその土(つち)の中(なか)には、無数(むすう)の生物(せいぶつ)がつつまれ、生(い)きているんだ。それらはやがて、そこでそれらがずっと死(し)んできた土(つち)にかえる。生物(せいぶつ)も土(つち)のひとつの生(い)きるすがたといえるかもしれない。そんなことをわかってほしいんだ。

〝土〟――このあるけど、ふしぎなもの。ここにせまってみたらどうだろう、きっとするどいしてきや、イメージが生(う)まれてくるはずだ。

 

6.場所(ばしょ)

いきものは、どこでも生(い)きているし、生(い)きることができるんだ。またいろんな力(ちから)ももってるんだ。

そんな目(め)で多(おお)くの動物(どうぶつ)をみてみると、たいへんなことがわかってくる。あらゆるところに生(い)きているものがある、ということなんだ。それは場所(ばしょ)をとわない。

人(ひと)はどうか、君(きみ)はどうか。それには、生物(せいぶつ)がいろんな場所(ばしょ)で生(い)きるようになった”はじめは”、と考(かんが)えてみるのもいい。

いきものは自分(じぶん)からそこをえらんだり、そこに生(い)きるためにくふうしたり、どりょくしたりしたのかもしれないね。きっとそれが何千年(なんぜんねん)、何(なん)万(まん)年(ねん)とつづいてきたのだろう。生物(せいぶつ)がみちている世界(せかい)、人(ひと)はまだまだほんの一部(いちぶ)の場所(ばしょ)にいるだけなんだ。

人(ひと)は人(ひと)のもつ力(ちから)を、まだ全部(ぜんぶ)使(つか)っていないのかもしれない。

また、生(い)きるところ、生活(せいかつ)するところはどこでもいい。自分(じぶん)の生(せい)をまっとうすることが大切(たいせつ)なんだ、という考(かんが)え方(かた)も生(う)まれてくるだろう。

この絵(え)の中(なか)のすがたは、人(ひと)にそれも問(と)いかけている。

 

7.安全(あんぜん)

みな自分(じぶん)の安全(あんぜん)を考(かんが)えている。身(み)を自分(じぶん)でまもるために、工夫(くふう)もするし、子(こ)どもやたまごをうむことや、子(こ)育(そだ)ての場(ば)も考(かんが)えている。べつにおまわりさんもいないし、はんざいがあってもとりしまる人(ひと)もいない。だから自分(じぶん)で守(まも)るしかないし、守(まも)れなかったら死(し)ぬかにげるしかない。とてもはっきりした生活(せいかつ)だね。

人(ひと)の場合(ばあい)はどうだろう。自分(じぶん)で自分(じぶん)を守(まも)ることをしていない。守(まも)ってもらい、守(まも)られることを当(あ)たりまえと思(おも)い、守(まも)ってくれないともんくをいう。土(つち)の中(なか)の生物(せいぶつ)の世界(せかい)と、人(ひと)の世(よ)の中(なか)とはちょっとちがっているね。

自分(じぶん)で自分(じぶん)を守(まも)り、自分(じぶん)で生(い)きていく。そうした力(ちから)、そうした考(かんが)え方(かた)について、君(きみ)はどう思(おも)うのか、それを書(か)いてみると、一歩(いっぽ)ふみこんだ深(ふか)い感想(かんそう)文(ぶん)ができていくと思(おも)うよ。

 

8.表(おもて)と裏(うら)、外(そと)と中(なか)(内(うち)

思(おも)わず、そんなことを考(かんが)えてしまう。私(わたし)たちは土(つち)の上(うえ)しか知(し)らないから、草(くさ)や木(き)の根(ね)がどうなっていて、そこに何(なに)があるか、どんなものがどうかかわっているかが、みえないでいる。ものごとは表(おもて)だけではわからない。その裏(うら)や奥(おく)にあるものを考(かんが)えていかないと、ものの正(ただ)しいすがたが、わからないところができてくる。

見方(みかた)についてもそういえると考(かんが)えると、そこから文(ぶん)が生(う)まれてくるだろう。

 

9.そうぞう

頭(あたま)の中(なか)に、いつもものごとを思(おも)いうかべる場面(ばめん)をつくるといいんだ。見(み)たものしかしんじないし、見(み)ないとわからない、というのはなさけないこと。見(み)たものから何(なに)かをそうそうして、全体(ぜんたい)のすがたをイメージしていくことが、考(かんが)えるうえで、わかるうえで大切(たいせつ)なことだといえるね。

これだけの絵(え)で、そうぞう力(りょく)をつかえば、土(つち)の中(なか)の世界(せかい)をどこまでも広(ひろ)げていくことができる。それをしてみるといいね。

「この絵(え)から広(ひろ)がる世界(せかい)」……、そこからも、かなり君(きみ)をかしこくする学習(がくしゅう)ができるし、それをそのまま文(ぶん)にすれば、この絵(え)にとっても、ほんとうにうれしいことだと思(おも)うよ。

 

10.じっけん

やってみなきゃ、とばかり、シャベルをもって、スコップを手(て)に、せっせとあなほり。また、がけのところにいってみる。ここは土(つち)でできただん面(めん)、見(み)えないけど、何(なに)かわかるかもしれないものね。土(つち)がじゃまをする。だから生物(せいぶつ)は安全(あんぜん)。でも、あえてがんばってほりすすんでいく。きっと何(なに)かに出会(であ)うし、何(なに)かの生物(せいぶつ)の生活(せいかつ)がみえてくるよ。

そのすべてを書(か)いてみてほしい。あなをほるだけで、感想(かんそう)文(ぶん)は書(か)けるんだ。めずらしい書(か)き方(かた)だといえるよね。

いろいろヒントは生(う)まれてくるけど、これはこのくらいにしておこう。

あとは教(おし)えなーい。自分(じぶん)で考(かんが)えなさいね。しかし気(き)もちわるい虫(むし)もいるね。ボクはむかしからこん虫(ちゅう)とか、あのイモ虫(むし)みたいなのがダメ。虫(むし)をみるよりも、きれいな人(ひと)をみていたほうがいいな、なんてふと思(おも)ってしまったよ。

人(ひと)でよかったな、とも思(おも)ったので、もし人(ひと)じゃなくて土(つち)の中(なか)の生物(せいぶつ)だったら…と自分(じぶん)をいろんな虫(むし)にへんしんさせて考(かんが)えてみたけど、そのうちに、なんだか悲(かな)しくなってしまった。どうしてかって?なぜだかわからない。

きっとものが見(み)えない、人(ひと)からも見(み)てもらえないっていうことがつらいのかもね。ボクにはとうめい人間(にんげん)の苦(くる)しみがわかりました。(君(きみ)には、わかるかなァ……)

 

 

 

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※出展:きみにも読書感想文が書けるよ(1989年)

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地面(じめん)の下(した)のいきもの

大野正男・文 松岡達英・絵 / 福音館書店