黒ねこのおきゃくさま

どちらかというとさぁ、黒ねこっていうのはあまりいい印象じゃないよね。目の前を黒ねこが横切る時にはよくないことが起きるとかさ。

けっこうとっちゃまんもそういうことを信じているんだよね。

この本では、そんな黒ねこが一人ぐらしのまずしいおじいさんに幸福を与えてくれる。足あともつかない、しゃべるねこ。もちろん、ねこであって、ねこではない。

いったい何だろうね。それを考えながら読んでしまう。

いい話だよ。まあ、よくある話の流れとない(・・)よう(・・)、とも言えるけどね。「めでたし、めでたし」のパターン。

でもこういう話はいい。ほっとする。さいごにはちゃんと「よかった、よかった」で終わる『水戸黄門』を見ているみたいに、何か安心してしまう。まずしい人が、そしてやさしくていい人が、幸せになっていく話はいいものだよね。

 

【金があまりないと人生はつらいものだ】

これは本当だよ。同感だなぁ。ましてや健康な体やわかさがあればまだいい。けれども年をとって、体も弱くなるとなぁ……。

お金を使う制度(仕組みや決まり)ができてから、何でもお金がないとできなくなってきた。お金がないと生きていけないようになってきた。自分で、畑や田んぼで作ったものを食べて、生きていくことができたならいいけれどね。服も電気代もガス代もいる。水道代だっている。雨水をためて飲むというわけにもいかない。

きみだってさ、たとえば、お年玉やお小づかいをいつもたくさんくれるおじいちゃんを、どこかでいいおじいちゃんと思っているところってないかな。

いいおじいちゃんであろうとすれば、きっとおじいちゃんも無理をする。

お年よりとお金。このことについて、一度じっくり考えるといいね。きみの場合を考えてみようよ。感想文としてはなかみがこくなる、深くなる。

 

【かいご】

今年のキーワードはきっと「かいご」だよ。四月から「かいごほけん制度」も始まったしね。ねたきりになった老人や、一人でくらしていくのがたいへんな人たちを助けていこうという制度。いつもたずねてきてくれたり、おふろに入れてくれたり、そういった仕事をしてくれる人が必要なんだよね。

「ありがたい」と言う人もいれば、「家族にやってもらいたかった」と言う人もいる。あかちゃんの時はみんながチヤホヤ。年をとって一人で動けなくなると、少し世間は冷たかった。この本を読んでいて、ふとそんなことを考えてしまう。

きみも「かいご」についてや「ボランティア」についてちょっと調べてごらん。考えを深めていく時に、いい素材(もとになる材料)になると思う。

この主人公のおじいさんは一人ぼっち。「なぜ?」と考えていいよね。家族は?今まで何をして生きてきたんだろう?「ぎもん」は生まれる。

きびしく言えば、一人ぼっちはこのおじいさんがまねいたものかもしれない。いやいや、ぐうぜんかもしれない。いやいや、人はいずれ一人になっていく、ということかもしれない。

この点はちょっときびしく考えていいように思う。とっちゃまんは二百才まで生きようとしているけれど、その時、一人ぼっちでまずしかったらイヤダよー。今から年をとった時のことを計画しなきゃね。

そこにいくと、「きんさん、ぎんさん」は幸せだよね。いつもみんなに囲まれていた。あんなふうになりたいという人はいっぱいいた。きみだっていつかは年よりになるんだ。みんな同じだー!なんか、くやしいね。

 

【黒ねこ】

やはりこの作品のポイントはこの黒ねこだよね。何者なんだよー、と思ってしまう。かんたんな答えは「神様ジャン」。「福の神」。そうなんだけどさー。それでいいのかなぁ。なんだかそれだと読解が浅い気がする。

よりによっておじいさんが楽しみにしている土曜のばん(夜)に来る。しかも、楽しみにとっておいた食べ物・飲み物をみんな平らげる。

読んでいて「とっといてやれよ。かわいそうジャン」と思ってしまう。「ヤなやつ」。

やっぱり黒ねこだ!

でも最後の会話。

「どうしてわたしを追い出して、とびらをしめてしまわなかったのですか」

「とんでもない!知らないもの同士だったけれど、今じゃあ、友だちじゃないか」

これは重いことばだよね。

ここをきみがどう考えていくかで、この話の読解は決まる。

やさしいから。そういうことだけじゃないよね。もっと切実だよね。

自分が、はらぺこになっても寒くてもいい。それよりも自分をたよってきたこのあわれな黒ねこを満足させたい、というこの心。この考え。

これはいったいどうして生まれてきたのだろうか。

一つには、おじいさんがいつもこの黒ねこと同じようなじょうたいだから「わかる」、ということもある。

一つには、たよられたらやるしかない、ということでもある。

一つには、黒ねこの満足を自分の満足と思える人だ、ということもある。

一つには……、ウーム。後は考えておくれよ。もっと大切なことがありそうな気がする。

うえて、まずしいのは自分だけじゃない。その「うえ」は何か?何にうえていたのだろう。

 

【うえる】

ちょっと深まってきたよ。

食べ物や飲み物、火、……、それが十分にないこと。それがまずしいことなのだろうか。いやいやそれだけじゃない。生きていくのに大切なものはそれだけじゃない。何かな。

ボクは、それがこのおじいさんと黒ねことの会話や関係から見つけられるように思う。

そうだなぁ、人とのかかわり、生き物同士のつながり、心の「うえ」、関係の「うえ」、こういうことに行きつきそうな気がする。

どうだろうか。

本当は黒ねこの去った後に、ミルクもパンもまきもなかったかもしれない。でもこのおじいさんの心は満たされていた。

「それが『うえ』の正体じゃないの」と、ささやいている黒ねこのかすかな声が、ボクには聞こえる。(……かっこいいよな!)

はじめに「金があまりないと……」という文があった。それとこだましていないだろうか。

「お金がないからたいへんだー」

「それよりも大切なものでおじいさんは幸せになっているじゃない!」

なんてね。

それは何か。きみに見つけてほしいんだよね。ここがかん心(じん)だな。やはり。

 

【かさじぞう】

日本の有名な話だ。ここでくらべてみようよ。何も売れずにトボトボと帰ってくる男。

どうやって年をこそうか。お金もない。かさしかない。かさは食べられない。

そして野原のおじぞう様のところを通りかかる。「あぁ、おじぞうさんも寒かろう」と男は言う。そしてかさをかぶせて、手ぶらで帰る。帰って、起きていてもしょうがないからねちゃう。

この時の「寒かろう」というのはおじぞうさんに言った言葉だけど、同時にこの男の人の、心の中を表していないかな。

寒い。心細い。冷たい。雪やふぶきはこの男の人の心の風景だ、とかさ。そしてかさをかぶせた。

どこに?「じぞう」。ピンポーン。でもそれだけではない。自分の心の中とか……。そんなふうに自由に考えていくこともできる。

ま夜中。じぞうは「昼間はありがとね」と言って、おたからをいっぱいとどけた。宅急便を使わずに自分たちで歩いて持って来た。

これとこの黒ねこの話はにているとボクは思う。

何を運んだのかな。「おたから」。いやいやそれは考えが浅いよ。「いい、ゆめ」「満足」「何がなくても心の清らかさ」「運」……。このあたりを考えることにつながっていくように思う。

「黒ねこは海外に行って進化していた『かさじぞう』だった」、なんていうのもおもしろいかもしれない。

ね、感想文て自由な世界でしょう。一つの話にだけこだわっていることはないんだよ。くらべてみよう。さがしてみよう。同じようなテーマの話はないかな。

 

【得たものは何か】

「報恩(ほうおん)という、世界中のどこにもある話のパターン。いいことをすると必ず返ってくる。つまり「むくい」があるということ。これは悪いことをした人に対しても、ぎゃくの意昧で言える。

このおじいさんのしたことはいいことか。

こういう質問をボクは出してみたい。

いいんじゃないかな、と君は答えるだろうか。

ボクはちょっと考えてしまった。できるかなー。こまっているねこや人を、ボクは助けるだろうか。

窮鳥(きゅうちょう)(追いつめられた鳥)ふところ(むねの中)入らば漁師もころさず」ということわざ知ってる?「助けを求めてきた人には、どんな場合でも冷たくすることはできない」という意昧なんだ。

つまりは、自分のところにこまった人が来たら、なんとかして助けてしまう、ということ。きみはできるかな。しかも自分の分まで与えて。「なぜ、ここまでするの」ということと、「そこまでどうしてできるの」という二つのことが、なにか心にこびりついてしまう。

その結果、おじいさんは何を手にしたか。これを考えると、いいことにも悪いことにも考えていくことができる。これは読解と感想文のポイントになるよ。

 

【試す】

ふっきれないことの一つにこれがある。「テスト」されたのかな、ということだ。これはいろいろな話にもよく出てくる。

人の行動や心を試していく。そしていい人にはごほうびをあげる。悪い人にはばつを与える。

こわいよ。もしここでおじいさんが「悪いなぁ。わしの分も残していいかな」と言ったら、この黒ねこはどういうたいどに出ただろうか。

「金の斧、銀の斧」のお話などが、ふっ、と頭にうかんでくる。

ボクらはひょっとしたらいつも試され、テストされ、いい人であるように、そうでないとばつがくる、ということをどこかで思いながら生きているような気さえしてくる。

学校のテスト。受験。運動テスト。コンクール。これも言ってみれば、試されていることになる。

そう考えると、試されるこの話は、決しておじいさんのことだけとは言えない。

黒ねこのやり方について、きみの意見がほしい。

とは言っても、試されることなく、本当に自由であったなら、人はきっとダメになる。こわいもの、試されるものも必要なのかな、という気がしないでもない。

そこだ!こういうことを考えていくようになると読解は一気に深まっていくよ。

 

いい本だ。かんたんに読めば、よくある話。しかし、ちょっと考えていけばどこまでもいってしまいそう。

深く深く入っていく、底なし沼のような味がある。

作者のメッセージ、作品のテーマも、その深さにあるように思う。

人にとっての幸福。

「こどく」を乗りこえさせてくれるもの。

「まずしさ」の正体。……。

この本はテーマにこまらない。きみの自由な読解ができるよ。ケッサクを期待しよう。

 

 

※上記の著作権は宮川俊彦にあります。
※無断での転用・転載を禁じます。

※出典:これできみも読書感想文の名人だ(2000年)

—————————————————————————————————————————————————————————————————————

黒ねこのおきゃくさま

ルース・エインズワース・作 荒このみ・訳 山内ふじ江・絵 / 福音書店